年末はいろいろなイベントがあるでしょう。
仕事納め ホリデーシーズン お食事会的なもの
私の場合は誕生日がありました。
ケーキを半ホール食べたりお菓子をたくさん頂きました。
幸福すぎます😭✨
このようなありがたいことがありつつも
無事仕事納めて連休に入ります。
連休に入る
長く時間を取れるので
「よし!アニメーション制作が進められるぞ!」
と思い筆を進めるも全く調子が乗りません。
他のことをやろうと思うも
一体何をすれば良いか思い浮かびません。
🌈夢を見る などの様々な過去の記事で書いていた
「自分の中でふと何かが浮かび上がる」
ということができなくなっている気がしました。
なにか自分の精神を押さえつけるようなことがあっただろうか
それを考えてみると上の写真でもあったように
たくさん糖分を摂りすぎていたので
「しばらく糖分を控えよう」
と意識的に気をつけていました。
また食べ物は自分で選んだものではなく
人が出してくれたものを食べていたり
人と関わる時間も長かったので
自分の心の声よりも他者の声を聞いている時間が長くなっていたのかもしれません。
分かり合える人と過ごす時間はかけがえのない大事な時間であり
自分の人生そのものを支えてくれます。
ですが何事もバランスです。
表現者とは孤高なものです。
人が何かをしてくれるということは多幸感がありますが
自分の判断能力が鈍ってしまう気がしました。
🖼️作品と環境 でも書いたように
一人で自分の心の声を聞くことによって
自分の生きる道を歩んでいたところがあるので
周りに甘えすぎると自分の尖った特性が薄まってしまう気がしました。
そんなわけで意味もなくサイクリングに行きます。
風や重力などの自然を感じたい!
↓こういうような感覚です。
今はこの景色をいつでも見れると思っているけれども
環境や時代は変わるのでいつも見れるものとは限らないなあとか
家を出る前に食洗機を回せばよかったなあとか
いろいろな心の声が自分の中から湧いてきます。
道を走ることによって地面が砂利砂利ガタガタする感じとかが
カーブを曲がる時に己のパワーを加減したりして
肌感覚を味わうことが良い遊びになります。
川の近くに生える雑草を見ると光が透化してオレンジに輝いてるなぁとか
すすきのようなヒゲみたいな細い植物が生えていたりする。
ススキみたいなのがあるのも寒い季節っぽい。
全体的にドライな印象に感じた。
公園で遊んでいる子供が目に入った。
今冬休みのこの時間だから遊んでいると言うのもある。
同じ光景は1度もないだろう。
そして猫がいた。
切り株で何かしている人の近くに猫がいてお互いに触れ合っている。
普段見ない光景だった。
帰り道の時とかは散歩中の犬がいた。
外に出ると、特に自然が多い場所に行くといろんな生き物がいて面白く
自分の中では作れない刺激を受けることができた。
この現実世界は空間と質量でできています。
感覚のリマインダー 感覚のリマインダー2 でも書いたように
言葉ではそれを表現しきれないので
絵を描いたりアニメーションで表現したりするのでしょう。
なので一人になり空間と質量と向き合う時間は時に自分の心を豊かにします。
そんな感じで人と交流する時間のありがたみと
一人の時間のありがたみを両方噛み締める年末になったのでした。