環境や場の空気感の影響を受けると思っていることが言いづらくなることがあります。
自分の考え方をしっかり言いたい…
と思うことが増えたので
自分の人生のベースになっている考え方について書き出してみようと思います。
これから書くこと自体は物理的にシンプルですが
一般常識からは離れている方だと思います。
それゆえに一般的な考え方では永久に答えに
辿り着けなかったことに関して
いくつか自分なりに答えのようなものを導き出しています。
何か言いたいことがあるけれども
うまく言語化できない方々にとって
「そうだよそれそれ!」という助けになったら
なお嬉しいです。
そこそこ長いので目次を作ってみました。
自然現象が最も強いルールで誰もそれに抗うことはできない
この世界を回している最も大きな存在は
人でも社会でもなく
自然現象だと思っています。
まず重力があるので人は道具なしに
空を飛ぶことはできませんし
体内に水が必要なので水のある場所じゃないと
生きていけません。
またタンパク質が分解されるような
暑い場所では生きていけません。
一見当たり前のことですが、これにより
人の行動というのはかなり制限されています。
空気を吸っていることが当たり前で
意識をしていないように
本当に重要なこととは当たり前になっていて
意識の中に入っていないことがほとんどなので
意識で行動しようとすると本当に重要なことが
わからなくなってくるのではないか
と感じています。
そもそも人は自然現象の中で生まれた存在なので
肉体や精神なども自然現象の働きによって
基づいているでしょう。
なので自然現象的な視点でものを見れば
「人間がなぜ行動をしているのか」ということが
紐解けるのではないかと思います。
自然現象が最も強いルールで抗うことはできない
だということを前提に
以下の全てを語っていきます。
「本当のこと」は実在するものでしか証明できない
人は存在しないもののことについて
語ることができます。
ですがイメージだけで語っているものは
いつも答えが出ないなあと感じています。
例えば「貝とは何か」ということを
議論するとして
人間のイメージの中の貝のことについて語っても本当の貝とはなんなのか
ということを証明することができません。
実際の貝を見ないと「本当の貝」が何かを
証明することはできないのです。
なので実体のないものの話をし続けても
本当の答えは出ないのではないかと思うのです。
実際の貝類というのは
人がイメージする貝とはかけ離れています。
ですが「実際に存在するから本当のこと」
としか言えないので
どれだけ人の常識的な期待とは異なった結果
だったとしても実在するものだったらそれが真実
ということになるのではないかと思っています。
・自然現象が最も強いルールで抗うことはできない
・「本当」とは実体のあるものからでしか証明できない
これからの話はこの2つを軸に進めていこうと思います。
ですが世の中には実在するかわからないけれども
感覚で感じ取って「ある」と認識できるものというものがあります。
感情や人格など人間を構成しているものなどです。
しかしそれらが実体が存在しないから存在しないのかというとそうだとは思わないはずです。
おそらく現代科学では証明できないスピリチュアル的なもののように思いますが
以下のような視点で物事を捉えると
スピリチュアル的なものも実体のある科学的なものとして落とし込むことができるのではないかと思っています。
人間は分子でできている
そもそも我々人間とは何者なのでしょうか。
なぜ生きているのか、生命とはなんなのでしょうか。
それについて考えた結果以下のような結論に至りました。
人間は生き物です。
たくさんの細胞が集まっています。
そして細胞が何でできているかというと
色々な分子が集まってできています。
そういう意味で人は分子の延長線にあります。
分子は様々な化学反応を起こして変化をします。
不安定な状態になると何かと結びつこうとしたり
安定した状態でもなんらかの化学反応が起きることで不安定になったりします。
人は分子でできている以上これらのことは体内でも起きているでしょう。
分子が安定したり不安定になったりするように
人間も安心したり不安になったりします。
そしてそれを繰り返しています。
人は色々な行動をし色々なことを
繰り返していますが行動した後に
何が満たされるのかという元を辿ると
人間の欲望は「安定したいか」
「不安定になりたいか」
の2パターンしかないのではないか
と気付きました。
人の欲望は「安定したい」と「不安定になりたい」の2種類がベース
人は非常に多くの欲があるように感じると思いますが
それらの全ては大きくこの2つに分けられるのではないかと思います。
「食べたい」「寝たい」「愛されたい」
この誰もが持っているような欲求が叶った時に
自分の中で何が満たされるのか
思い出してみてください。おそらく
「安心する」という状態になって満たされる
のではないかと思います。
そしてそれらが満たされていない時は「不安」
という状態になっているのではないかと思います。
人は「不安」になりそれを解消するために
「安心」した状態になろうとし
「安心」を手に入れた後もまた
何らかの理由で「不安」になる。
そういったサイクルを繰り返します。
なぜそのようなサイクルを繰り返すのかと言うと
「人間の実体を構成する『分子』が安定したり不安定になったりする性質だから」
なのではないかと考察しています。
そして分子が安定したり不安定になることは自然現象であり抗うことができないので
我々にできる事は「その性質を受け入れること」なのではないかと思います。
・自然現象が最も強いルールで抗うことはできない
・「本当」とは実体のあるものからでしか証明できない
・人間は分子でできているため安定と不安定を繰り返す
これらはどんなに時代が変わっても変化することがない物事の本質なのではないかと思います。
自然現象は抗うことができないので受け入れるしかできません。
なので人間が安心と不安を繰り返し続けるということは抗うことはできません。
ですが不安定な鉄が安定するために酸化した後
勝手に不安定な鉄になろうとはしませんよね。
なぜ人は鉄などと違って不安定な状態に勝手になってしまうのでしょうか?
その理由は人を含む生命体全般が以下のような性質を持っているから起こることなのではないかと思っています。
生命の長所は不安定だから「変化」できるところ
義務教育の理科の授業で「物質というものは一定の状態を保とうとする性質がある」的なことを習ったことがあるのではないかと思います。
タンパク質は岩などと比べて
気温の変化や衝撃などに対し脆いです。
なので岩と同じ方法で自分の体を維持し続けることは難しいでしょう。
別の方法で体を壊す状況を避ける必要があります
そのために会得した方法が
「移動」なのではないかと思います。
移動をすることで暑すぎたり寒すぎる場所を避けたり衝撃をかわすことができます。
そのおかげでやっとタンパク質という脆い物質は
「一定の状態を保つ」という条件をクリアできるようになります。
そのタンパク質の塊である我々はその
変化しやすい性質を逆手に取り
存在を維持してきた
なので生き物は物理的な性質上「変化を求める」のではないかと思います。
不安定になりやすい事は生物の弱点である
と同時に長所でもあるのです。
そしてその長所は「移動」以外にも
環境に適応するために体の形を変化させる
「進化」
自分の体の一部を使って自分の複製を作る
「繁殖」
他の生き物を自分の体の一部にする
「捕食」が
変化しやすい性質を生かしつつ
「一定の状態を保つ」条件をクリアする上で
都合のいいことだったんだと思います。
「移動」「進化」「繁殖」「捕食」
これが生物なりの「一定の状態を保つ」方法
なのではないかと思います。
それぞれ全く別物に感じると思いますが
「不安定な性質だからそれらができた」という
共通の「生まれた理由」を持っているのではないかと思います。
「一定の状態を保つ」
「不安定から安定になろうとする」
というのが物質の性質なので
基本的に生き物を含むすべての物質は
安定しようとする傾向にあるでしょう。
ですが生物にとっては安定しすぎると
「移動」や「変化」が難しくなり、
環境の変化が起きた時に「一定の状態を保つ」
という条件を満たすのが難しくなるという
ジレンマを抱えています。
そのジレンマを解消する上で自分の身を削って
自分より小さくて不安定な複製を作る「繁殖」
生物全体を食うか食われるかという
不安定な環境に追い込む「捕食」が何かと
都合が良かったのではないかと思います。
何故ほとんどの生き物が繁殖や捕食のサイクルの中にあるのかというと
繁殖や捕食によって生命の長所である
不安定な性質を維持し続けることができるから
なのではないかと推測しています。
・自然現象が最も強いルールで抗うことはできない
・「本当」とは実体のあるものからでしか証明できない
・人間は分子でできているため安定と不安定を繰り返す
→生き物は不安定な性質を活かして生き残っている
生き物は変化をすることによって
一定の状態を保とうとしているので
同じ状態が続くことは分子レベルで耐えられないのだと考察しています。
それは自然現象であり抗うことはできません。
そして生き物の「不安定を求める性質」
「安定と不安定のバランスを取る性質」
があるため以下の3つのようなことが発生し
抗うことができないのではないかと思います。
1.人は「飽きる」習性がある
誰もが人生の中で「飽きる」ということを
経験したことがあるのではないかと思います。
何故誰もが「飽きる」を経験するのかというと
上で説明したように人は変化を求める
という物質的な性質があるため
「飽きるということは自然現象であり
自分の意思と関係なく起きるから」
ではないかと考察しています。
自然現象であるため逆らうことはできません。
なので我々にできることは
「飽きるということを受け入れ、
上手に付き合い続けること」
なのではないかと思います。
2.「ストレス」によって生命は行動する
生物は自分にとって都合が悪い状況になると
「ツラい」と感じるでしょう
「暑くてツラいから移動する」みたいに
「ツラい」ということがなんらかの行動を
促進させます。
なので「ツラい」と感じることは生命維持する上
で必ず必要だと言えるのではないかと思います。
「呼吸」「寝る」「食事」と同様に飽きるという概念からは外れているでしょう。
一生食事と付き合い続けているように
ストレスとも一生付き合い続けることに
なるでしょう。
飽きないよう日々食事のメニューを
変えているように
ストレスを発散するためのメニューも
日々変えながら過ごしていると思います。
人がストレスを発散する時によくやる方法についてまとめてみました。
「暑くてツラいから移動する」みたいに
行動するためにストレスがあります。
そのためストレスは行動によって
発散されるでしょう。
なので運動など思い切って行動することで
ストレスが発散され気分が良くなると思います。
ですが体が弱っているなど何らかの理由によって
うまく「行動」を起こせない場合があります。
赤ん坊はその最たるものです。
そういう存在は一体どうするかというと
「声を上げて周りに助けを求める」
という方法に出るのではないかと思います。
赤ん坊が泣き叫ぶように
人間にとって声を上げるという行為は
環境を変えるために使う最も原始的な行為なので
人はストレスを発散するために声を上げたいという欲求があるのではないかと感じます。
なので特に目的もなく雑談をしたり
歌を歌いたくなったり、独り言を言ったり
ため息をついたり、笑いを求める
といった無意識で何気ない行動に出るのではないかと考察しています。
そのため人にとって会話をしたり誰かに何かを
伝えたいと思うことは食事と同じくらい重要
であり、飽きないために会話の話題を変えるのは
食事のメニューを変えることに近いと感じます。
3.同じ環境にいるとやることが「分かれる」
我々人間は社会的な生き物なので
何かしらの集団や環境に属すると思います。
その集団が何らかの方向に向かおうとしている
集団だったとしても「働き蟻の法則」のように
何割かが働かないといった違う行動をとる
ことが起きると思います。
これは生物が
「環境全体の安定と不安定のバランス」
を取ろうとして起きることなのではないか
と考察しています。
社会的な生き物でなくても何らかの「環境」
に属することはあると思います。
例えば「サバンナ」に属している動物たちがいて
それぞれの生き方をしていると思います。
水辺で暮らす生き物と陸地で暮らす生き物、
草食動物と肉食動物、
同じ草食動物でも地面の草を食べる動物と
食糧の奪い合いにならないように
高いところの草を食べるキリンなどがいます。
生き物はそのまま数が増えると
同じ食べ物や縄張りを奪い合うことに
なってしまいます。
争いが起きている場所というのは
不安定なので長期間いるとツラくなり
安定した環境を求めるようになります。
それで争いのない場所を求めた結果
争いが起きにくい場所に移動し
「分かれる」のではないかと思います。
そしてその結果が「進化」や「個性」
「好み」といったものになる
のではないかと思います。
個体によって住んでいる環境や
好みといった性質は
「分かれて」おりそれぞれ異なります。
安定しやすい状態が続くと退屈になるので
安定しやすい状態の個体は不安定なものを好み
不安定な状態が続いている個体は
安心するために安定したものを好む
という風に分かれているので
それぞれの人によって何が「幸せ」
であるかは異なるでしょう
自然現象と上手く付き合う
・自然現象が最も強いルールで抗うことはできない
・「本当」とは実体のあるものからでしか証明できない
・人間は分子でできているため安定と不安定を繰り返す
→生き物は不安定な性質を活かして生き残っている
安定しすぎることを避けるために「飽きる」
行動をするために「ストレス」をためる
環境のバランスを取るために「分かれる」
これらの3つは
「安定と不安定のバランスを取る」
という生命が無意識に行なっている
生きる上で必ず必要な行動です。
ですがそれと同時に物質として安定しようとするので安定した方向に向おうとします。
そのため生きるために必要であるはずの
不安定なことを避けようとする行動をとる
ことがあります。
常識は「安定した方向」に向かう
世の中には不安定な状態になりやすい人と
安定した状態になりやすい人がおり
そういった人たちが
同じ人間社会の中で生きています。
不安定な状態になりやすい人は安定を求めやすく
安定した状態になりやすい人は
不安定を求めやすくなります。
自分の状態とバランスをとるためのものを欲するということです。
ですが自然界というものは天候が激しく変わったり食うか食われるかの捕食者がいたりするので
自然界は不安定になりやすい環境
になっています。
そのため不安定になりやすい人にとっては
自然の厳しい世界は非常に居心地が悪いため
安定した環境を作ろうとします。
それによって生まれたものが
「家」や「人間社会」や「常識」
なのではないかと思います。
「常識」と聞いて何かしら浮かび上がるものがあると思いますがそのほとんどが
「人を不安にさせないためのもの」
なのではないかと思います。
人は「先の見えない未来」や
「何を考えているのかわからない人」
というのは怖くて不安なので
決まった時間や行動を取ったり
挨拶や感謝など友好的であることを表現する
ということによって多くの人が
未来や他人に対して安心出来るようにする
というルールになっていると思います。
「みんなが不安にならないように」
という軸で常識が回っているため
常識が期待しているものは
「均一で安定したもの」
に寄っている傾向があると感じます。
「均一で安定したもの」
というのは知識に関係なく
どうなるかの先が読みやすいので
「多くの人を安心させる」
上で都合がいいです。
それに比べて不安定なものというのは
知識を持った人しか推測できなかったり
次どうなるかのパターンは未知数だったりします
飽きた後に次に何をしたいのか
ストレスを感じた時にどう発散すればいいのか
好みが人それぞれ分かれている場合
どう合わせていくのがいいのか…
自分ではなく他人であった場合は
もっとどうなるかわかりませんよね。
…といったことが社会の中で
よく起きているのではないかと思います。
「これからどうしたらいいかわからない
という状態は人が不安になりやすいので
そうなりにくくするために常識がある。」
と推測しています。
わからないことは学んだり考えることで
減らすことはできます。
ですが世の中にはまだ誰も答えを知らない
未知の物事がたくさんあると思います。
「未来」や「わからない人」といった
人のことというのは人間である我々自身も
よくわかっていないでしょう
ですが今まで語ってきたように
人は分子でできていて
「安定したり不安定になろうとする」
それによって「欲求」が生まれ
「行動」を起こす。
という人間が何故行動するのかということに
明確なメカニズムがあると感じられる
のではないかと思います。
なので
「安定と不安定」ということが
人間の「行動」が発生する根源的なもの
であるためこれを軸に物事を見ていくと
「原因が不明だった人間の行動の理由」や
「人の行動によって変わっていく未来」
が大まかにわかるようになる
のではないかと感じています。
「安定と不安定」という「欲求」が「行動」になる
例えば植物は種が地面に付き
先に根が出てその後芽を生やし
そこからさらに幹を伸ばし
大量の葉っぱをつけるでしょう。
これらを行うためには
土台となり一生付き合っていくであろう
土は非常に重要です。
植物を見ているとまず葉に目がいくように
人を見ているとまず行動に目が行くと思います。
もしも葉っぱが枯れていた時に葉っぱ側に
手を施しても治らないことがあります。
「土に水をやっていなかったから」
「土に栄養がなくなったから」
といった土台の土が原因で葉っぱが枯れる
ということはよくあると思います。
「葉っぱに元気がない」
「幹がヒョロヒョロ」
「虫に食べられてしまう」
「花が咲かない」
といった様々な問題を抱えていた時に
土の水分や栄養状態といった
土の問題を解決することによって
全ての問題が解決するということがあります。
人間も同じように行動の方から直そうとしても
どうにも改善できない問題というのがあります。
「頭がうまく働かない」
「食欲が抑えられない」
「同じミスをしてしまう」
「いつも眠い」
という一見別々に見える問題を抱えているけれど
「寝る」ことで全てが解決する
といったことがあると思います。
何故寝たら複数の問題が一度に
解決しやすくなるのかというと
「寝る」ことで人間の行動の土台である
「安定と不安定のバランス」の問題
が改善されて「行動」が改善される
ということが起きているから
なのではないかと思います。
土台の部分がどうなっているかという視点で
物事を考えていくことにより
一見別の問題に見えるけれども
実は根の部分で繋がっていて
その根を改善すれば自然と
全て解決するということが
できるようになる
ということが
世の中にたくさんあるのではないか
と推測しています。
どういう問題がどのように繋がっていて
どう改善すれば全てが丸くおさまるのか
という例を挙げると数が多くて大変なので
この記事で書いたことを軸に考えて
答えが出たと感じたものがあったら
また新しく記事として書いていこうと思います。
少なくとも「安定と不安定」が問題の根源
になっているものに関しては色々語れそうです
おわり
最後まで読んでくださりありがとうございます。
(写真の素材元:photoAC)
以上の記事で書いた「安定と不安定」などの
考え方によって答えが出たと感じたもの
については以下にまとめておきます。